人生の旅を行く よしもとばなな

  林崎主任研究員は、よしもとばななさんの「人生の旅をゆく2」(平成28年幻冬舎文庫:2012年11月NHK出版)を読んで共感し、前作「人生の旅を行く」を探し出しました。

 

 なんと約10年前の2006年6月に刊行されたものでしたが、感受性の非常に強いばななさんは、「現在の要求に飲み込まれてしまい、今わもう現実に参加できなくなったり、とことん体を壊してしまう若い女性が周りにいっぱいいる」

「日本が人に要求することが超人になれと言うことばかりで、何か重たいべったりとした空気の中にある」と言っていました。

 

 今や会社の中心となっているのは正社員のほとんどがバブル世代。 後から入ってくるのは非正規社員が普通になってしまった。高度成長を支えていたおじさんたちは定年となり、再雇用されていたがそれも無くなり、会社からいなくなった。 日本を支えているのは、超保守的で大過なくすごしてきた経営者とバブル世代の正社員、ではなく、責任感が強く、権限の無い、人のいいパートさんや契約さん、派遣さんである。

 

 ばななさんはこうも言う「私たちは、食べるために生まれてきたのではなく、もちろん金のためでもなく、楽をするために生まれてきたのもなく、子孫を残すためでもなく、長生きするためでもない。自分の情熱を燃やすために向いていることをこの人生でやりつくすために生まれてきたのではないだろうか。愛する人びとへの愛情を抱きながら、たくさんのよき思い出をつくって、それを大事に抱えて悔いなく死ぬためにここにいるのではないだろうか」 

いつの間に、後進国になったのか

 少ない時給、で、一生懸命働いて、命を削って、体や精神を壊し、家族に迷惑をかけ、それでも自分に責任があるのだととことん自分を追い詰める。そのような人たちを私も見てきた。正社員のおじさんも何も言わず必死に働いていた。でも、日本は、中国にも韓国にも負けた。

 

 一生懸命働いた働き方が中国や韓国とまた世界と違っていたのだろうか。国際会計基準が出来たときに日本は必死になって日本独自の部分を認めさせた。中国や韓国はそのまま受け入れた。

 ITの発達は世界を瞬時に結びつけ、コストを最低にすべく、ひとつの会社が全てをカバーするのではなく、世界中に、その機能を分解していった。 営業の方法も、目の前の顧客だけを見るのではなく、世界を見ながら瞬時に要求を満たしていった。

 

 日本は、官僚は、経営者は、管理職の偉い人は、ひたすら自分の文化を守ろうとした。何のことは無い【鎖国】(さこく)をしていたのだ。

  

 今や中国、韓国を含む外国人が大挙して日本に押し寄せるようになった。独自の文化!、日本はすばらしい!

 そこには、失われた、昔のものが残っている。昔の考えをもった(時代遅れの人々)や手作業が無くなり、いなくなってしまった職人が仕事をしている。不思議の国日本。

 

 外国人がほめるのは、まだいい。いまや絶滅したはずの過去に住んでいる日本はすばらしいからだ。でも、日本人がそれを誇らしく思う、自分を自分でほめるのは、おかしくないだろうか?

 

 実は、ITにも世界レベルのおじさんたち若者たちもいるのだが、なぜか日本人は認めようとしない。オスプレーとドローンの区別のつかない役人、政治家、町の良識のある老人は目の色を変えて、ドローンを宇宙人の来襲のように扱ったのを覚えているだろうか? 3Dプリンターが出来たときに、このままでは殺傷能力のある銃器が巷にあふれると本気で大騒ぎしたのを覚えているだろうか?もっと昔、光回線を世界中で日本がはじめて敷いたとき、その普及を妨げたのは誰だったか思えているだろうか?